「エンジニア」から「営業」へのキャリアパスを経た、あるマネージャーの仕事の流儀

株式会社ポニーキャニオンでマーケティング本部マネージャーとして活躍する川崎義博。もともとレコーディングエンジニアとして、アーティストの奏でる音を“音楽”として世に生み出す技術職に従事した川崎が、社内でどのようにキャリアを構築してきたのか。その変遷と仕事に掛けるプライドをご紹介します。

アーティストとの対話によって音楽を生み出す「レコーディングミキサー」

▲川崎(左)とシンガーソングライターの杉山 未紗さん(右)

川崎がポニーキャニオンに入社したのは1992年。当時、個人が音楽を聴くのはCDがメインだった時代。理系の大学を出た川崎は、音楽の世界に足を踏み入れました。

川崎 「理系の大学を出たら、メーカーに技術職として入社するのが一般的な進路でした。でもなんとなく、そういう決まった道を行くのはおもしろくないな、という気持ちがあって。たまたま趣味でバンドを組んでいたこともあり、音楽業界に行ってみたらどうだろうと考えたんです」

そんな川崎が入社後最初に配属されたのが、録音部というセクション。「レコーディングエンジニア」という職種があり、まさに理系出身者にとっては思う存分能力が発揮できる場所。そこで川崎はレコーディングの魅力に目覚めていったのです。

川崎 「コンサートは別として、音楽というのは演奏された音が “録音 ”されて初めて世に出ることができます。レコーディングエンジニアは、まさにその最初の段階を担う仕事です。
スタジオで演奏される楽器の前にマイクを立て、距離や高さを微調整したり、エフェクターを使って音を微調整したり、ギター(ベース)アンプの出音を変えてもらったりしながら、アーティストの思い描く世界が表現できるように録音し、ミックス作業を行って、CDになる手前の音源をつくり上げます」

ひとことで「録音」と言っても、アーティストによってリクエストは千差万別。音楽のジャンルによっても良しとされる音は変わってくると川崎は話します。そんなアーティストやディレクターと綿密に対話を重ねながら、一つひとつ課題をクリアしていくことに醍醐味がありました。

川崎 「どんな方でも、好きな音を持っているんです。『エリック・クラプトンみたいなギター音に近づけて欲しい』とか、もっと抽象的な依頼だと『漫画の吹き出しみたいなリバーブを掛けて欲しい』とか(笑)。アーティストとコミュニケーションを取りながら、アプローチを変え、最終的にアーティストが求める音が録れた時には大きな喜びを感じます」

レコーディングエンジニアとアーティストは、恋人同士のような関係とも言えます。アーティストといい仕事ができたとしても、次のアルバムでは「ちょっと別の人とも仕事がしてみたい」という理由でフラれてしまうことも。そんな時には、恋人が別の人のところへ行ってしまったような気持ちになることもあります。

川崎 「正直悔しいですよね(笑)。僕の方が絶対にいい音を録れるのに、って。関係性が長いアーティストの方だと、途中で違うサウンドを求めてほかのエンジニアと仕事をしても、また僕のところへ戻ってきてくれることもあります。そんな時は素直に嬉しいですし、ビジネスだけではない独特な関係性が生まれているな、と感じることもあります」

技術からマネタイズへ。音楽業界の変化とともに柔軟に自分を変える

▲レコーディング中の川崎

入社後、レコーディングエンジニア一筋で仕事をしてきた川崎でしたが、2000年頃に会社員としての岐路に立たされることになります。

川崎 「エレベーターで一緒になった別部署の先輩に、『川崎、このままエンジニアだけやっていくの?出世とか考えたりしないの?』と聞かれたんです。とても好きな仕事ではあるものの、僕は会社員であってフリーランスとは違う。このままこの仕事にこだわり続けるよりも、そろそろステップアップを考えるべきなのではないか? と思い始めた時期でもあって。
そこで思い切って、指名で入る録音の仕事は上長承認の上で残しながら、新しい仕事にチャレンジすることに決めました」

川崎が配属されたのは「配信」の仕事。それまでCDやレコードのパッケージビジネスがメインだった音楽業界が、時代の流れとともに、スマホ(当時はガラケーやパソコン向け)での配信の方向へ一気に振り子が振れた瞬間でした。

そこで、当時課題だったのが“音の質”。配信では音源を大幅に圧縮するため、音の質が落ちてしまいます。それを改善するために川崎のエンジニアとしてのスキルが生かされたのです。

川崎 「最初はこれまでの経験を生かしながらエンコードの仕事をしていたのですが、配信の仕事が拡大し、売り上げを権利者へ分配する中核のシステムが必要になりました。そして、システム構築の仕事を求められるようになっていったのです。基礎ができ上がると、今度は配信先の企業との関係構築みたいなところまで任せられるようになっていきましたね」

配信先の企業で新しいビジネスが始まるとなれば説明を聞きに訪れ、社内で各部署と調整する。それまで裏方寄りだった川崎の仕事は、ビジネスに直接絡む部分まで拡大するようになっていきました。

川崎 「施策を打って攻めていかないと、配信で音楽が売れない時代になっていったんです。人気アーティストの新譜が出たとなれば、ファンは自発的に検索して購入します。ただ、こちらが推していきたいものを売るためには、配信先のサイト上でプロモーションを行う必要があります。
たとえば、レコード店に行った時、店頭の目立つところにポップと一緒に陳列されている CDって、つい買いたくなるじゃないですか。それをサイト上でつくるということです」

バナー広告の出稿、ウェブ媒体とのタイアップ記事企画、LINE LIVEの告知番組製作……。宣伝からマネタイズ(配信)へ。音楽ビジネスのめまぐるしい変化に対応すべく、縦横無尽に動き回りました。そして2019年現在は、デジタルマーケティング専門チームを持つマーケティング本部のマネージャーとして、新しい動きを監督する立場で活躍の場をさらに広げています。

川崎 「最近はストリーミング配信が主流です。いかに『おすすめプレイリスト』にアーティストを入れ込めるか。SEO対策に近いんですけど、検索されやすい曲のタイトルを提案したり、短い情報で視聴者を引き付けるために魅力的なイントロのある曲づくりに携わったり。
とにかく情報収集を徹底してこまめにチャレンジしないと取り残される時代になってきました。どんなことがデジタルの世界では有効なのかを研究し、マネタイズにつなげるということに取り組んでいる真っ最中です。仕事量は多いので大変そうに見られますが、僕的にはすごくおもしろいんですよ」

「好きな仕事」が、「必要な仕事」を支えるモチベーターになる

▲マーケティング本部のマネージャーとして働く川崎 義博。これまで「録音」で受賞したトロフィーとともに

「レコーディングエンジニア」と「マーケティング本部マネージャー」。ふたつの顔を持つ川崎は、今の自分を次のように捉えていると話します。

川崎 「会社の求めることと自分のやりたいことが重なっている今、すごく充実していると感じます。急成長を遂げているデジタル音楽配信というビジネスに深く関われていることは大きなやりがいですし、自分を含め社員全体のリテラシーをもっと高めていかないと今後先がなくなってしまうかもしれない、という危機感や使命感もあります」

一方、レコーディングエンジニアとしての仕事については「自分のアイデンティティ」だと話します。

川崎 「レコーディングエンジニアとしては、過去に『日本プロ音楽録音賞』で 5回、最優秀賞と優秀賞に選ばれました。録音者として評価されたということは本当に名誉だと思っていますし、自慢でもあるんです」

最近はジャズの領域に特化してレコーディングに携わっている川崎。その魅力について、「楽器の音色(演奏者の音色)がいかに“忠実に”再現されるかが試される領域」だと話します。2019年はJazzドラマー大隅寿男さんの50周年記念アルバムにエンジニアとして参加した。

川崎 「最新の加工技術が次々に出てくる中で、不変的な音の美しさを探求できるのがジャズという分野です。スタインウェイ(ピアノ)の音がスタインウェイの音に聞こえるように録音する。究極に “いい音 ”を求め続けるという意味において、どんな時代も変わらないのがジャズなんです。自分の聴覚が働く限り、長く続けていきたいですね。
仕事、というか、ちょっと趣味に近いんですけど、これがあるからこそ、ほかの業務へのモチベーションにつながっている気がしています」

若手に大きな仕事を任せる風土が、社員の成長スピードを上げる

▲配信チームで一緒に仕事をした若手社員と(中央が川崎)

入社以来あらゆる業務に携わってきた川崎は、ポニーキャニオンという会社の魅力を「若手をポンと押し上げる風土があるところ」だと分析します。

川崎 「僕が入社した頃のレコーディングエンジニアって、基本的に職人的なところがあって。先輩の背中を見て学べ、という仕事だったんです。そんな中で、たった 2年目の僕に先輩が超人気アイドルの録音を任せてくれたんです、『川崎、やってみろよ』って。まだ若くて無邪気ですから、『いいんですか!』って引き受けて、当然失敗しましたね(苦笑)」

それでも川崎は、先輩にきつく叱られた記憶はありません。そんないい意味での放任主義が、若手を成長させることにつながっているのではないかと話します。

川崎 「思い返すと、レコーディングエンジニアから今の仕事に至るまで、重要なポイントで、いい先輩との出会いがあったなと思います。そういう人たちが引き上げてくれたからこそ今の自分があるというか。今の私のセクションでも、入社 2年目の社員が大きな仕事に挑戦しています。それはその子が優秀だからということももちろんありますが、『任せちゃえ』っていう勢いが社内にあるんですよね」

大役を任せられた時、若手社員に必要なのは「やります」と積極的に取り組む姿勢。「いやいや、私には無理です」と謙遜するようでは、ポニーキャニオンで、その後大きく成長していくのは難しいのです。

川崎 「結果だけを求めてしまうと、挑戦って難しいですよね。もちろん目的を持つことは大事ですが、『目の前の目標を達成するためだけにアクションを起こす』という視野の狭さでは活躍の幅を狭めることになります。
僕自身、レコーディングエンジニアとして入社して職人的な仕事に従事し、40歳を過ぎてから営業職へ移りました。他社の方と会って自社のコンテンツをプレゼンする自分の姿なんて想像もしませんでした。
でも結果的に今、すごくおもしろい仕事ができていますから」

上の人間が生き生きと仕事を楽しむことで、若手社員に明るい将来像を描いてもらいたいと、川崎は頬を緩ませます。

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