9年後に売上300億円。ジャカルタでひとり奮闘する、ある27歳の生き様

インドネシアの首都、ジャカルタ。キュービックがこの地に、「アジア戦略室」を設立したのは2014年のこと。キュービックにとって未開の地に単身で飛び込み、イチからビジネスの立ち上げを行なっている社員がいます。2013年に入社した白土航太です。彼はなぜ、ジャカルタへ行く決断を下したのでしょうか。

環境問題はビジネスにしないと解決できない

▲途上国に1度は行きたいという思いで大学休学中に行ったインド旅行での1枚

白土が海外に興味を持ちはじめたのは、小学生のころ。海外へ足を運んだわけではありませんが、「飢餓で亡くなっている人がいる」という現実を知ったのがきっかけでした。

白土「日本に住んでいたら、当たり前のようにご飯を食べることができ、普通に生きていける。でも発展途上国って、状況が全然違う。テレビを見たときに飢餓が原因で亡くなってしまう人がいる、というのを知ったとき、すごく悲しい気持ちになって……」

その後、ラジオ英会話を毎日聞き続けるなど、独学で英語の勉強もおこない、海外をより身近に感じるようになっていきます。当時を振り返り、「自然と海外で働くことを思い描いていた」と語る白土ですが、その思いが現実になるのは、少し先の話。

大学に進学した白土は、途中で自分が所属する学部は海外と縁がなく、将来取り組みたいと思う食糧問題、インフラ整備などの国際開発に関する仕事に繋がっていかないことに気づき、大学に通う意味を見いだせなくなってしまいます……。

ある日そんな白土の姿を見かねた友人から、こんな言葉をかけられました。「知り合いの社長がアルバイトを募集しているけど興味ない?」と——。その募集先が、キュービックでした。白土は2011年にアルバイトとして働くことを決意。働きはじめて半年たったころに大学を休学。キュービックの仕事にのめり込んでいきます。

約2年、アルバイトとして働いた後、白土は大学を中退してキュービックに入社するか、大学院に進学して国際開発について研究するか、選択を迫られます。その意思決定を下す際の決め手となったのが、大学生活で唯一感銘を受けた教授の言葉でした。

白土「『環境問題はビジネスにしないと解決できない』という言葉が、ずっと頭の中に残っていて。また代表の世一も海外に興味を持っており、将来的には海外に行けるチャンスもある。そして、キュービックで働く社員の背中がカッコよく感じ、自分もそうなりたいと思い、キュービックに入社することを決めました」

ジャカルタに行って、初めて感じた己の「無力さ」

▲ジャカルタ駐在後、初めて借りたオフィスの写真

そして、2013年に新卒で入社した白土。入社後も引き続き、会社全体の売上の9割を占めるメディアの広告運用の仕事に従事。成功、失敗、さまざまな経験をした後、新規事業開発室に異動。社内で新たな事業の立ち上げを模索することになったのですが、半年たったタイミングで頓挫。

新規事業開発はクローズしてしまいます。元の部署に戻る選択肢もありましたが、このタイミングで白土は代表の世一に「海外に行きたい」と言います。

白土「当初は2018年くらいに海外に行ければいいなと思っていたのですが、このタイミングを逃したら5、6年は海外に行けないのではないか。そう思い、思い切って世一に思いをぶつけてみました」

世一から返ってきた答えは、「じゃあ行ってみるか」という一言。もともとインドネシアのジャカルタへの視察が決まっていたため、ふたりはジャカルタに行き、3週間ほど過ごします。

実際に生活してみると、雰囲気も良く、国として面白そうという理由から、白土はそのままジャカルタに残り、イチから事業を立ち上げることを決意。こうして、2014年12月に「アジア戦略室」が設立されました。

言語も異なれば、価値観も異なる。そんな環境で事業を立ち上げることになった白土。もちろん順調にいくわけもなく、待ち受けていたのは困難と挫折でした。

白土「まずは1年間、ジャカルタの市場調査を行ない、事業アイデアを考えてみようと。そう思って、行動をはじめたのですが、どれだけ事業アイデアを考えても上手くいくイメージが浮かばず……。そこで初めて、自分の無力さを知り、ひどく落ち込みました」

一度はそんな状況に陥った白土ですが、ふと、「できることからやっていかないと何も変わらない」という思いが芽生え、日本でやっていたことをジャカルタでもやってみることにするのです。

少しずつ形になってきた、ジャカルタでのメディア・動画制作事業

▲現地の同僚との仕事風景の写真

まず、手がけたのはメディアの立ち上げ支援です。インドネシアはスマートフォンがすごく浸透していることもあり、アプリ文化が根付いています。それゆえ、ウェブが全然浸透しておらず、ウェブのマーケティングに力を入れられていない。そこに目をつけ、ウェブサイトの制作、SNSでの発信などを一括で請け負う提案をし、少しずつ仕事を受注していきます。

そうして、少しずつ軌道に乗りはじめた「アジア戦略室」。白土はメディアの立ち上げ支援に加え、動画制作もはじめることに。

白土「日本もそうですが、海外でも動画に対する需要が上がってきており、現地にもプレイヤーはいるものの、成果が見えづらい。であれば、日本のテクノロジーと、インドネシアの動画を作る技術を掛け合わせて、成果まで計測できる動画マーケティングの支援を行なったら面白いと思ったんです」

最初は白土ひとりだけではじまったアジア戦略室でしたが、現地の人材の採用にも着手します。現地の知り合いで、人材系の会社を手がけている人が主催する採用イベントにも参加しました。

そこで知った、動画制作ができるビデオグラファー、エディターが集うSNSグループに募集要項をポストし、一気に10名ほどの採用が決定しました。2018年1月現在、アジア戦略室では全部で17名のメンバーとともに、動画マーケティングツールの開発を行なっています。

白土「現地の人たちは年々給与水準が上がっており、どんどん転職を繰り返すという話を聞いたことがあったのですが、アジア戦略室のメンバーはまだ、ひとりもやめていません。
実際に採用して思ったのは、しっかりコミュニケーションをとれば問題ないということ。環境、給料、教育も異なりますけど、きちんと接すれば現地の人たちにも通用するんです」

9年後、売上300億円を目指して

▲ジャカルタ支社での集合写真

白土がジャカルタで働きはじめてから、約3年が経過。アジア戦略室の事業展開もそうですが、国全体の成長スピードも上がっています。

白土「一言で表現するなら、『高度経済成長期の日本』という感じですね。建設ラッシュで高層ビルがたくさん建っていますし、インフラもどんどん整っている。そんな環境でビジネスできるのは、想像以上に面白いですね」

アジア戦略室として、これから目指していくのは、9年後にアジア戦略室が300億円の利益を生み出す組織体になること。そのためには2〜3年のうちに動画制作事業を軌道に乗せ、インドネシア以外の国でも事業を展開できるように基盤を作ることが必要不可欠です。

白土「これからの展開を考え、アジア戦略室を法人化することにしたのですが、想像以上に大変でしたね(笑)。日本で会社を立ち上げる場合、資本金は1円でも良いですが、こちらでは最低でも3000万円ぐらい必要です。でも1年ほど前に申請は完了し、もうすぐ法人化されます。ここから、さらにアクセルを踏んで成長していきたいですね」

「海外行きたいです」

「じゃあ、行ってみるか」

こんな会話から決定した、白土のジャカルタ行き。そしてアジア戦略室の立ち上げ。すべてが順調にいったわけではありませんが、今ではキュービック全体で掲げる、9年後の売上1,000億円を達成するのに欠かせない存在となっています。

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