外資系企業×HR領域──ブレない軸と直感が導いたGlobal CHROへの道筋

2019年7月よりジェイ エイ シー リクルートメントのGlobal CHROに就任した遠藤亮介。さまざまな業界の外資系企業でTalent Acquisition、HRBP、そしてHRヘッドを歴任してきた彼がその経緯をたどり、重ねたキャリアの先に見いだしたものについて語ります。

外資系企業の経験を生かし、世界ナンバーワンを目指す日系人材紹介企業のGlobal CHROへ

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ジェイ エイ シー リクルートメントはアジア、そして世界No.1の人材紹介会社になるという目標を掲げて進んでいます。「クライアントは日系のみならず外資系企業も多く、ご登録者の方々はバイリンガルも多数」という強みをうたっているものの、理想と現実にはまだまだ開きがあることも事実です。

今後、より外資系企業やエグゼクティブの領域に特化させ、グローバルに展開していくため、ジェイ エイ シー リクルートメントでは、外資系企業で長期間にわたって働いた経験のあるグローバルのトップを熟知した人材を、Global CHRO(Chief Human Resource Officer)という新しい役割に求めていました。

外資系企業17年、さらにその直近の7年は日本法人HRトップという私のキャリアは、その条件に合っていたのでしょう。

私の外資系企業でのキャリアのスタートは、米系ヘッドハント会社の日本法人で、外資系企業を専門とする企業と求職者の双方を支援する両面コンサルタントでした。両面型のビジネスモデルを導入するジェイ エイ シー リクルートメントのビジネスの細部まで、CHROという立場で切り込める可能性があるということも、私の強みだったのでしょう。

また、外資系企業の本国やAPAC含めたグローバルエグゼクティブ層と最前線で対峙してきた経験も評価していただき、直接お声掛けいただけたことは光栄なことでした。

私には、大学時代からブレずに変わらないひとつの軸があります。それは、日本にいながらでも自らが日本と海外の「人」をつなぐ架け橋となることです。

その軸を支えるために必要なステップとして、外資系企業での経験を重ねていくというキャリアを歩むことにしました。そのキャリアを経た結果、最終的には海外進出を図る日系グローバル企業に進み、外資系企業の最前線で培ってきたものを「貢献」と「影響力」という形で発揮し、本国である日本と世界各国とが人でつながっていくことこそ、ある意味私のキャリアの集大成のうちのひとつともいえるのです。

ここまでの道のり、つまり、外資系企業での17年間は、決して穏やかといえるものではありませんでした。もちろん、多くの失敗も経験しています。しかし、そのリスクにおびえたことや、予想外の展開という理由で何かから逃げたことは一度もありません。なぜなら、リスクはチャンスですから。

ブレない軸さえあれば、してもいい失敗とそうではない失敗を理解した上で、果敢にリスクに飛び込んで、失敗をして恥もかき、見えてくる世界があります。とくに、私が長年生きてきた外資系企業の環境では、「失敗を恐れること」と「Comfort Zone(自分の居心地が良い状態)にいること」はまったく推奨されるマインドではありません。自らComfort Zoneを脱却し、自らの領域や力をも越えるストレッチングな状態や環境に飛び込むことは極めて重要なのです。

外資系企業のHRの道──Talent Acquisitionから見えてきたことと、その先へ

先に述べた通り、私の外資系企業でのキャリアのスタートは、外資系企業を対象としたエグゼクティブサーチでの両面型のコンサルタントでした。あらゆる業界の外資系企業を訪問して内情を把握し、外資系企業のHRの方々との接点を持つきっかけにもなった一歩です。

コンサルタントとして、多くのバイリンガルの求職者の方々や外資系企業と接しました。“外資系”という言葉には一種のイメージがあるのかもしれませんが、企業によって歴史もタイプもカルチャーも千差万別です。Differentであることを当然として柔軟に対応する重要性を、この時期に数多く体感できました。

30歳を超えたころ、ドイツの製薬会社に転職し、HRのキャリアをスタートさせました。コンサルタントとして数多くの外資系企業のHRの方々と接したことで、企業内のHRの難しさや複雑さを感じ、その難しさにチャレンジしようと考えたからです。まさにComfort Zoneからの脱却です。

コンサルタント時代の経験もあって、HRのキャリアはTalent Acquisitionから始まり、新卒・中途採用全体の責任を負う役割を持ちました。

とくに新卒採用では、毎回数百名の学生を前に語るセミナーも多く、企業の顔としての自覚が芽生えたのもこのころです。誰もがわかる企業の歴史や概要だけでなく、より深いカルチャーを自分自身が体現し、伝えることが必要だと感じました。

当時はまさに体力勝負でした。100~150名の新卒採用数に対して、約半年間セミナーと各段階の面接が五月雨式で続き、東京と大阪を週に2~3回の頻度で日帰り出張することを繰り返していました。後に内定者から教えてもらいましたが、毎日違う都市や場所の会場にいる事実から、学生たちのSNSコミュニティでは「遠藤 複数存在説」が流れたそうです(笑)。

こうした激務の日々は、「どんな環境下でも企業の顔」であるというマインドを育みました。そしてTalent Acquisitionとして2年半の経験を経て、社内でHRBP(HRビジネスパートナー)になる機会を得ます。当時はまだHRBPの概念は日本にそれほど普及しておらず、新しいことに挑戦できるチャンスだと思い、自ら手を挙げました。

私はマーケティング本部と事業企画本部のHRBPとして働くことを希望し、この両本部のHRに関わるあらゆる責務を担うきっかけを得ました。HRBPは正解のない領域です。

Talent Acquisitionは自らが前面に出ることが多い一方、HRBPは自身が前面に出ることもあれば、裏で戦略を構築しパートナーである本部の方々を前面に立てるような動きをすることもあります。そうした立ち回りの絶妙なバランスも加わり、HRとしてキャリアがいっそう広がっていきました。

駆け抜けた外資系企業でのHRトップへの道のり、そして、その先の日系グローバル企業へ

HRBPとして歩み始めたことが、私のHRゼネラリストとしてのキャリアを確立させました。以降の外資系企業3社に関しては、すべてリテーナーサーチと呼ばれるヘッドハンターからのご提案により得たキャリアです。米系ラグジュアリーブランドのHRBP、英系FMCG(日用消費財)と英系テクノロジー企業でのジャパンHRヘッドとキャリアを重ねていきます。

選んだ上記3社のほかにも、ありがたいことに幾つかのお声掛けをいただきました。とくに、経験のある業界からは声が掛かりやすかったです。しかし、私は同じ業界からのお声掛けにはあえて応じませんでした。

業界が変われば、HR施策やカルチャーも大きく変わる可能性があります。可能な限り違う業界の外資系企業でのHR経験を重ねることで、自身の中での経験値と違うことにAgility(俊敏さ)を持ってアクションを取る瞬発力と体験を蓄積でき、そのことが、日系グローバル企業に貢献していくという次のキャリアステージに進む際に生きてくると信じていました。

異なる業界に挑戦するだけでなく、転職をするごとに範囲や立ち位置を高めることも視野に入れました。英系FMCGで初めてジャパンHRヘッドとなった際は、日本以外に初めはNorth Asia(北京)、その後はASEAN(シンガポール)のHRの役割を一部持てました。その後の英系テクノロジー企業では、初めはAPAC(香港)、その後は本国(英国)に直接レポートでき、それらの権限を得たと同時に、プレッシャーも比例して大きくなっていきました。

ジャパンHRヘッドのキャリアに行きつき数年が経過したころ、「自身の外資系企業20年目、ジャパンHRヘッド10年目、それぞれの周年期にあたる2022年をひとつの目途に、次のステージに進む」ということを意識し始めました。「日系グローバル企業に行き、大学時代からの軸につなげること」を心の中に秘め、そのためにはどのようなチャレンジをすべきか逆算しながら日々走り抜けていくことを考え出したのです。

英系FMCGでの毎日は、計り知れないほどのチャレンジと圧倒的なスピード感に溢れ、本当に充実していました。ですので、英系テクノロジー企業のお話をヘッドハンターから受けた際は、受けるべきか少し悩みました。

ただ、1社だけではなく、日本法人の存在感がより大きいもう1社でジャパンHRヘッドを体現できる実証をつかみ、かつ、今までの外資系企業で培ってきた多くのことを発揮しながらその企業に貢献できることがあるはず、と意識を変え、チャレンジすることを決め、結果2社でHRヘッドの経験を積むことができました。

先ほどお話した通り、日系グローバル企業への挑戦は2022年を目途にしておりましたので、2019年の今年に、日系企業であるジェイ エイ シー リクルートメントから直接声を掛けていただいたときは、正直悩みました。

日系企業に行くという自身のビジョンは対外的にとくに伝えていなかったので、私のような外資系企業一色のキャリアに対して、日系企業からは一切声が掛かっていなかったのです。そんな中、日系企業から人生初の直接のお声掛けをいただいたのが、ジェイ エイ シー リクルートメントでした。

予想外の業界から、予想外のタイミングでのお声掛け。まさに寝耳に水という状態でしたが、社長の松園が直々に課題や今後のビジョンについて語ってくださり、その言葉に耳を傾けるうちに、想定より早く次のキャリアステージに進む覚悟ができました。

それはある種、直感のようなものです。自分のキャリアを高く評価してくださり、世界を目指す日系企業であるジェイ エイ シー リクルートメントには、確かな手応えを感じたのです。

HRの領域にとどまらないインパクトを

ジェイ エイ シー リクルートメントには、オンリーワンの存在として私をフル活用してもらいたいという気持ちが強いです。

外資系企業で17年間生き抜いてきたからこそ見える価値観と世界観を、CHROとしてだけでなく、CHROの領域を超えた部分でも浸透させていきたいと考えています。そういった願いから、自身のライフワークのひとつとするコーチングを展開したり、自ら提言しコンサルタント向けのセッションや社内講演を実施したり、社外講演に招かれたりと、もともと想定していなかった仕事にも展開を広げています。

とくに、外資系企業でのHRヘッド在職時は、信じられないレベルとスピードで突発や無理難題を瞬時にこなすことに追われ、毎分毎秒が「緊急」でした。そして今、日系グローバル企業に移り、ようやく「緊急ではないが重要なこと」、いわば“第Ⅱ領域”、自身が真に貢献できる領域に対して率先して取り組むことができ、Win-Winの状態を築き始めています。

ここ最近は、日系グローバル企業が外資系企業人材を迎え入れるケースが増えつつあります。私がずっと思い描いてきたロードマップを偶然にも企業が求め始めていることは、不思議な気持ちでもあり、嬉しく感じています。

そうしたトレンドの先駆者のひとりとして、私もジェイ エイ シー リクルートメントが目指す未来を具現化するために、今まで積み重ねてきた知見やノウハウを伝えていきたいと考えています。

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