大規模システム開発を得意とする技術者集団。変わらないからこそできる新しさの発見

1997年、NTT内の情報システムを扱う部門が分社化する形で設立したNTTコムウェア。最先端の技術を生み出そうとする、好奇心旺盛で尖った人材が集まる技術者集団でした。設立から20年以上が経った今も、グループ内での技術力の高さは健在です。人事部門長、渡邊浩誠とともにこれまでの歩みを振り返ります。

9000人の技術者集団。営業を“我流”でスタート

▲人事部門長を務める、渡邊。1997年のNTTコムウェア設立時から、ともに歩み続けている

自由でフラット──これがNTTコムウェアの設立当初から変わらない独自の企業風土です。NTTコムウェアの前身は、NTT内の情報システムを担当する情報システム本部と、ネットワーク構築を担う通信ソフトウェア本部。NTTグループ向けの情報システムを一手に引き受けていました。

1997年、広くNTTグループ外の市場(以下、一般市場と記載)の案件も獲得しようと、分社化する形で設立。当時、入社5年目だった渡邊もその中のひとりでした。

渡邊 「もともと尖った人材が集まり、自由にさまざまな開発をする部署だったので、『いかに新しいものを取り入れておもしろいことをするか』という空気が溢れていました。その中にあって、 NTTのソフトウェアに光を当てようと全国から集められた技術者集団が、 NTTコムウェアの初期メンバーなので、かなりの熱気がありました。設立当初の平均年齢は 30代半ば〜後半。若い世代が中心なので、そういう意味でも自由な組織でした。良い意味で NTTらしくありませんでした」

そんな技術者9000人を抱える大きな組織としてスタートしたNTTコムウェアは、一般市場の拡大という使命を有していたにも関わらず、営業担当はひとりもいない状況。分社化する前はグループ内の案件のみを扱っていたので、営業という役割が不要だったためです。そこで全社的なスキルチェックのうえ、「適性あり」と抜てきされた500人が、研修を受けて営業担当になりました。その500分の1に渡邊も入り、営業SEになりました。

渡邊 「あのころは『営業って何?』という感じ(笑)。みんなとにかく我流で営業していました。また、当時から『ウォーターフォール開発』といった言葉は存在し、標準化に取り組んでいたものの、営業だけでなくシステム開発もいろいろな形がありました。工程などのベースは整えていましたが、全員が個々の手法でシステム開発をしていたので、後々のことを考えて、開発の仕方を整えなければならないと取り組み始めたところでした」

やりたいなら、やっていい。ただし責任は覚悟のうえで

▲設立当時の新卒採用パンフレットでも、仕事のおもしろさを語っていた

NTTコムウェアの仕事はプロジェクト制。渡邊いわく「 NTTコムウェアはやりたいことがやれる」環境。プロジェクトの立ち上げは、比較的容易です。

渡邊 「新しい企画を社内で提案し、承認されればすぐ実行という流れです。会社のスタンスは『やりたいなら、やればいい。予算もつける』


ただし、提案した限りはもちろん “責任 ”が付いてきます。設立当社はとくに若い社員が中心で、仕事の進め方も自由に決められる。良い意味で『やりたいようにやらせてもらえる』という雰囲気でした。たとえば、出張するかしないかの判断も任せられていました。そのため、裁量を持って仕事をしている感覚は強かったです」


工学部出身でプログラミングができ、好奇心旺盛かつ新しいもの好きの渡邊が、営業SEとして最初に担当したのはネットワーク系の案件でした。しかし、国内市場はすでに飽和状態。行き詰まっている市場にどう参入するかと悩むくらいなら海外へ出ようと、いきなり中国へ営業に行ったこともありました。また、オープン化が始まりUNIXが日本に入ってきたときには、渡邊がプロジェクトの担当を買って出たことも。

渡邊 「米国から オープン系のサーバを調達し、システムの構築から全国への配布までを対応しました。国内にノウハウがない中、英語のマニュアルを見ながらなんとか完遂することができました」

当時、通常4年〜5年はひとつのプロジェクトに従事する環境の中、渡邊は社内でも珍しく、毎年新しいプロジェクトの立ち上げに携わりました。そうした中で最も印象に残っているのは、自ら提案に参画した次の企画でした。

“前代未聞”の企画を実現する。これがNTTコムウェアらしさ

オープンソースでNTTグループのシステムを塗り替えていく──。これが提案内容の骨子でした。

渡邊 「ちょうど 2005年ごろ、 Linuxが日本に入ってきました。オープンソースならコストも低減でき、自分たちで自由にカスタマイズできます。それで交換機を Linuxでつくろうと提案しました」

“やりたいことができる”自由な風土とはいえ、もちろん道のりは簡単ではありません。Linuxを扱うためにクリアすべき課題がありました。まずは知的財産権。「ライセンスはどうなる?」と問われた渡邊は渡米し、知的財産権の権威者の講義を2週間受講するなど、解決に尽力。

続いて、キャリア向けに信頼性を上げる目的でLinuxに手を加えたかったので、Linux開発者、リーナス・トーバルズにも会いに行きました。

渡邊 「トーバルズ氏に構想を伝え、手を加えたいと申し出ると『 Linuxはエンタープライズ向け。キャリア向けではない』と言われました。つまり、彼らのターゲットではないから独自に取り組んで良いということです。さっそく社内にプロジェクトを組織化し、新たな Linuxの潮流づくりをし始めました」

楽しかったのはLinuxやオープンソースを好きに触れること。「モノづくりの達成感も大きかった」と言う渡邊。しかしいちばんの醍醐味は最初の社外講演にありました。

渡邊 「『 NTTはオープンソースに舵を切る』と社外のイベントにおいて発表しました。 150人ほど入る会場は満員で立ち見も。メディアの取材依頼もかなりありました。その様子を見ながら『こんなにウケるのか。これならいけるかもしれない』と大きな手応えを感じました」

その後、渡邊はNTTグループのシステムをオープンソース化する長期プランも練り、経営会議に提案。合意を得るまでのプロセスは、大変でしたが本当に楽しかったと振り返ります。誰も気付いていない新しいアイデアを自ら発案し、プロジェクト化し、実現していく。渡邊が“楽しい”と感じたプロセスこそが、NTTコムウェアのスタイルなのです。

根本はモノづくり、技術者集団。受け継ぐものは揺るがない

▲渡邊は、設立当初から変わらない「自由でフラットな社風」を受け継いでいきたいと語る

NTTコムウェアは “技術者”の視点だけでなく、“ビジネス”の視点・マインドを合わせ持つことを大事にしています。日々システム開発に明け暮れていると「どのように社会貢献するか」「お客様のビジネスをどのように変革するか」に目を向けるのは、技術者にとって「実はいちばん難しい」と渡邊は考えます。自身も社外のパートナーから学びました。

渡邊 「 IBMの方に営業を、マッキンゼーの方にコンサルを教わりました。『君はまったくわかってない』『単なる技術バカ』と厳しく言われたこともありますよ。でも会社が学ぶ機会を与えていただき、ビジネスの視点が身に付きました」

そして他社との大きな違いは、“新しい技術”を生み出そうと常に挑戦する姿勢です。

渡邊 「ハードを持たないからこそ、技術だけで差別化して勝ち上がるんだという気概があります。これは NTTコムウェア DNAかもしれない。だから “新しさ ”を追求したい人は当社の環境なら、きっと楽しめるし活躍できるでしょう」

そして“新しさ”という視点では、中途採用者にかける期待も大きくあります。

渡邊 「転職してきた人は、 NTTコムウェアは標準化が非常に進んでいるので驚きます。でも、われわれのやり方を押し付ける気はありません。良いと思うなら自信を持って自分の意見を言ってほしいし、疑問もストレートにぶつけてもらいたい。フラットな組織ですからね。意見交換という化学反応で、新しい技術が生み出せればおもしろいし、むしろ歓迎。他社で培った技術を持つ、尖った人材と一緒に NTTコムウェアをもっと成長させていきたいと考えています」

そういう渡邊も、過去には他社から「PMとして来ないか」と声を掛けられた経験が何度とあります。しかし、どんなに好条件であっても興味はなかったと断言します。

渡邊 「なぜならその時々で、 SE、営業、 PMとさまざまな役割を体験でき、やりたいことを自由に実現できる NTTコムウェアほど、僕の好奇心を満たしてくれる会社はないから──。だからこそ技術者にとって恵まれたこの環境を次世代へ、必ず、引継ぎたいんです。上の世代が僕らにしてくれたように。その責任は常に感じています」

これは渡邊ひとりの言葉ではありません。設立から受け継がれてきた代々社員の、揺るぎのない共通の想いなのです。

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