ぺリーのごとく、不動産業界に「新しい風」を吹き込む

文明開化の街「横浜」に本社を置くきらめき不動産株式会社。代表取締役社長である後藤聡志はRE/MAX JAPANと代理店契約を締結し、関東西エリア(神奈川・静岡)のリージョルオーナーの権利を得ました。アメリカ発不動産フランチャイズの日本全国普及に向け、ペリーのごとく一石を投じようと参画を決意。その背景をご紹介します。

最初の印象は……

RE/MAXを知ったのは、RE/MAX JAPANが日本で展開を始めた2014年ごろ、私の知り合いの不動産会社の社長から、アメリカのエージェント制度が日本に来る!という話を聞いたとき。そのときは「へぇ~」程度の感想でした。

エージェント制に対してあまり興味を持つことができなかった理由として、2009年から2012年くらいまでの3年間ほど、きらめき不動産でもフルコミッションの営業マンを採用していて、最大20人くらいまで全員フルコミッションで勤務している時代があったんです。

しかし、できる社員とできない社員に分かれてくるため、組織として会社の成長に限界を感じていました。損益分岐点のリスクはヘッジできるものの、利益もヘッジされてしまい、会社に留保していくことがなかなか難しいという状態でした。

考えを改め、2012年くらいから社員をしっかりと育てていく!という状態に舵を切り直した直後くらいに知り合いからRE/MAXの話を聞いたもので、特段興味を引く話とはならなく……(笑)。

アメリカの不動産営業は基本的に全員エージェント制でありフルコミッションのようなものである、ということは理解していても、経験上日本でそのやり方はなかなか難しいだろう、という印象でした。

そして次のRE/MAXとの接点は、それから4年ほど経過した2018年3月。一本の電話が会社にかかってきました。

これが私の運命を変える引き金になったのです。

“アメリカ”という言葉が引っ掛かり、話を聞くことに

2018年3月。

当時、きらめき不動産本社は馬車道駅に比較的広い事務所を構えていました。坪数にして130坪程度。当時の社員数は総勢で50人ほどでしたが、事務所は自由が丘、品川、大阪にもあるので横浜に在籍しているのは25人くらい。ということで、スペースが有り余っている状態でした。

そんな状況の中、一本の電話が会社に入りました。

「アメリカの新しい形のフランチャイズに興味ありますか?」というような内容のアポ電話だったと記憶しています。“アメリカ”というキーワードが引っ掛かり、とりあえず話を聞いてみたくなりました。

なぜ、“アメリカ”に引っ掛かったかというと、2013年にCPM、2014年にCCIMというアメリカの不動産ライセンスを取得し、また日本支部でその会員組織を盛り上げていく活動を2014年から継続しており、本部総会にも毎年参加していて、アメリカの不動産団体には抵抗がなかったからです。

ということで、RE/MAXの関係者と初めてお会いしたのが2018年3月24日。若い女性が2名で訪問されました。そのうちのひとりが亀田さん(英語が堪能で、後に私の英語に対するモチベーションを劇的に上げてくれる存在に!)。彼女たちから一通りの説明を受け、事務所に余っているスペースがたくさんあるから、RE/MAXオフィスとして有効活用できそうだと思い始めました。

RE/MAXに対して気持ちが前向きになった理由として、3点挙げられます。

1点目は、本部がアメリカにあり、確立されたシステムであること(CPM、CCIMでの経験値で理解しやすかった)。2点目は、オフィスに余分なスペースがあったこと。3点目は、初期費用およびランニング費用が抵抗感を持たせない設計であったこと。これらが大きなポイントとなりました。

ただ、当時はRE/MAXの加盟オフィスの数も10カ所くらいで、稼働しているエージェントも30人ほどでした。日本ではまだしっかりと稼働しきれていない印象を受けたのも事実です。

各エージェントが会社の広告を使わずにどのようにして集客をするのか、それがないとなかなかビジネスとして確立していくのは難しいのではないか、という想いもありました。RE/MAXに対しての気持ちが前向きになったり、後ろ向きになったりと日々そんなモヤモヤが続いていた時期でした。

しかし、そんなモヤモヤを一瞬にして吹き飛ばす日がやってきます。

佐久川氏との出会いがターニングポイントに

忘れもしない2018年6月18日、亀田さんと一緒に佐久川氏が来社されました。第一印象は穏やかで優しそうな雰囲気があるものの、時折見せる鋭い眼光の奥には何か秘めたものを感じさせる、ただならぬオーラの持ち主でした。

その日まで、いまだRE/MAXのオフィスを稼働することをためらっていました。というのも、すでに不動産業をやっている場合は新設で不動産会社を設立しないと、RE/MAX事業からの収益と混ざってしまうため諸手続きが必要であることや、エージェントを採用することが本当にできるのかという不安が足かせとなっていたからです。

しかし、そんな前向きになったり後ろ向きになったりしていた気持ちを佐久川氏の言葉は瞬時に消滅させ、出会いから45分後くらいには「とりあえずオフィスやります!」と、返事をしておりました。

佐久川氏の考えるこれからの時代のトレンドや今後の展開、それを見据えた上で今自分たちが「どう在るべきか」。説得力がありました。

それもそのはずで、佐久川氏の経歴は私よりも規模の大きな会社をゼロからつくり上げた経験のある実力者だったわけです。そんなプロを目の当たりにしたら迷いは自然と消えるものだな、ということを実感した瞬間でもありました。

そしてオフィス契約に必要な書類を迅速に準備して、契約の日程調整まで、話はそこから加速的に進みました。

しかし、最後の詰めの段階にて契約書を熟読した瞬間、「やっぱり辞めよう」と。

その理由として、これまでの事業に重きを置いたまま取り組んでみた場合、やはり最低限のロイヤリティーなどもあるし、最悪のケースの想定をすると片手間で取り組むビジネスモデルではない、と判断したためです。そもそもどんなビジネスモデルだって片手間で取り組むことができるほど甘いものはない、というのは当然のことで、片手間と捉えていること自体、当時はそこまで熱量がなかったということでしょう。

いったんここで話は保留となりました。

変わりつつある時代の中で下した、ひとつの決断

話が保留となった1年後の2019年6月。佐久川氏との再会を果たします。

この年の春ごろ、不動産業界紙でRE/MAXのことが取り上げられていて、日本の本部がチェンジしたといった内容でした。ちょっと前に検討したことあったなぁ……と少し懐かしい気持ちでその記事を読んでいました。

その数カ月後の2019年6月。1年振りくらいに亀田さんからのメールを受け取り、久々に亀田さん、佐久川氏と再会することになります。

聞けば、この1年間でいろいろと体制が変わり、また佐久川氏の尽力の効果がみるみる表れていて、オフィス、エージェント数共にまさに鰻上りに増加しているとのことでした。

私の中では、2019年、元号が変わり、間違いなく不動産業界も含め世の中全体が変わってきていることや、この11年間ひたすら売買をやり続け、今後も辞めはしないが他に何か柱が必要だと考え始めていたことなどがありました。英語が身近になる環境も潜在的に求めていた気がします。

そして、その日それらの想いがついに合致したのでした。ただし、オフィスオーナーではなく、このビジネスモデルを普及させることが使命であるリージョナルオーナーとしてです。

RE/MAX不動産フランチャイズは日本においてまだまだ夜明け前な雰囲気もあるかもしれませんが、「個」の働き方が尊重され始め、需要も高まりつつあるこの時代に、じわじわと焦らずに「新しい風」を吹き込んでいこうと考えています。

すでに活躍されているエージェントやオフィス、本部に関わっている方々に敬意を払いながらも、しっかりと自分の役目である神奈川県、静岡県を盛り上げ、それらが全体にも良い影響力を与えることができるよう、ペリーのごとく前向きに取り組んで参ります。

どうやるか、どうなるか、ではなく「どう在るか」。ボス佐久川氏の言葉を胸に。

関連ストーリー

注目ストーリー