ものづくりの世界で育ち、そのおもしろさに魅せられて

▲プロダクト事業本部 副本部長 石井 友盛

石井が富士ソフトで約20年にわたって担当してきたのは、エンベデッドシステムの開発だ。スマートフォンやテレビ、洗濯機などの電化製品、産業用機器、自動車などを制御するために、基板上のマイコンに搭載する組み込みシステムを手掛けてきた。

基本的にはお客様の製品のシステム開発を受託して成り立つビジネスだが、石井は徐々に自社プロダクトの世界に足を踏み込んでいく。その原体験は、子どものころにあったという。

石井 「うちの父親は地元で鉄工所を営んでいたんです。大工や電気屋といった建築関係の仲間との結びつきが強くて、自分たちで自宅を建ててしまうような親父でした。中学生くらいから家業を手伝わされていましたし、ものづくりが好きで、その道に進むことになんの迷いもありませんでしたね」

工業高校に進学し、電子機械科に進んだ石井は、電子回路の設計やプログラミングを学んだ。

石井 「兄が建築科に進んでいたので、自分は電気をやれば兄弟で家を建てられるようになるという想いがありました」

そうしてものづくりのおもしろさに魅せられた石井は卒業後、電力系のシステム会社に就職。しかし3年後、石井は転職活動を考えるように。

石井 「きっかけは、私が勤務していた横浜の拠点を会社が撤退したことでした。本社のある福島県に転勤して 2年ほど働いたのですが、地元横浜に戻りたいという気持ちは増すばかりでした。もうひとつ、当時会社での役割は社内ユースの治具開発などがメインであり、その狭い世界から抜け出したいという気持ちがあったんです」

そんな中、富士ソフトに出会う。

石井 「富士ソフトはあらゆる業種業態のシステム開発に携われます。まさに自分がチャレンジしたいと思っていたことです。でも正直に言うと、福島県に住んでいた私にとっては、会社の寮に入れるというのもとても魅力的でした(笑)」

これは魔法!?FPGAとの出会い~ハードウェアとソフトウェアの融合

富士ソフトに入社した石井は、当時のハードウェア部という部署に配属された。そこで、5年間メーカーのお客様先に常駐して電話交換機の開発に携わった。

石井 「当時はよくある話でしたが、入社翌日にはお客様との打ち合わせに向かいました。お客様の方も懐が深く、右も左もわからないような若造を温かく受け入れ、すべて教えてもらいました」

そこで出会ったのが、まだ出始めたばかりの“FPGA”だった。

石井 「 FPGAは、まさに魔法のようでした。それまでの電子回路は紙に設計図を書き、膨大なパーツの中から必要なものを選び、実際に組み立てて試行錯誤するというものでした。しかし、 FPGAはすぐに何度でもプログラミングし直せる ICチップなので、パソコン上で試行錯誤しながらイメージした電子回路を形にしていくことができるのです!」

FPGAの登場により、自由で創造性あふれる製品を効率良く開発できるようになった。その技術変革に感激し、石井は開発に没頭。そんな彼に転機が訪れる。営業に異動することになったのだ。

石井 「技術者としてお客様にも評価していただき、慢心していた部分もあったのかもしれません。営業として、あらゆる業界のお客様からニーズを聞き出さなければいけないのに、あまりの知識のなさに打ちのめされたことが何度もあって。お客様の前ではわかった顔で会話をして、後から必死で勉強してついていく、そんな日々でしたね」

しかし、不思議とつらいと思ったことはなかったという石井。

石井 「いろいろな人と出会って、話を聞くのが楽しくてしょうがなかったですね。それは社内も同じで、ハードウェアと一緒にソフトウェア開発の提案を求められることがよくあったので、いろんな部署の人と連携するようになりました」

そんな実体験から、石井はハードウェアとソフトウェアの融合の必要性を社内で説いてまわった。

石井 「営業としてお客様と対峙する中で、富士ソフトには電子制御や通信といったハードウェアの技術とそれをコントロールするソフトウェアの技術、その両方をシームレスに提案することが強みになると実感していました。そして、ふたつの部門で力を合わせて付加価値を生み出そうと」

プロダクト開発から世界へ──ドアノックツールとしての役割

▲ALTERA社の本社前でお客様と撮影(石井は右から2番目)

そしてもうひとつ、石井が進めたのは、自社プロダクトの開発だ。お客様それぞれにオーダーメイドのものをつくっていくより、一度つくったものを何社にも売れるようにした方が、利益率が高い。

石井 「言ってしまえば、楽してもうけたかったんです(笑)。でもそんなにうまくいくわけはなくて……売り方がわからないから、まったく売れません。
初めて開発したのは FPGAのトライアルキット、次は特定デバイスのドライバキット、次は SDXCコントローラー、というように次から次へと開発していきました。売れてもいないのになんでそんなことができるかと言うと、目に見えるプロダクトがあると、それをドアノックツールとして受託開発の仕事をたくさんいただけるようになったからです。
それもプロダクトのメリットのひとつですよね。ドアノックツールが増えるほど、いい方向に行く。その中でも、常に『売れるものをつくりたい』というのは強く思ってきましたが」

結果的に売れなかったとしても、高い技術力と創造力が伝わる製品でなければ受け手に訴求することができない。つまり、そもそもドアノックツールとしての役割は果たせない。そのような考え方のもと、FPGAをコア技術として研さんし、高めていった。

石井 「 FPGAのトップベンダーであった米 ALTERA社(現: Intel Corporation)との関係強化も大きなターニングポイントでした。カリフォルニア州サンノゼの本社を半期ごとに訪れ、今後の戦略や最新の動向などについてディスカッションし、協力関係を深めていきました」

富士ソフトは2015年から3年間、ALTERA社が世界トップパートナーを表彰する“Achievement Award Design Services Network”に選ばれた。ALTERA社との協業は大きな影響力を持ち、その後、海外のソリューションベンダーと多くのアライアンスを組んでいくこととなった。

プロダクト・マネジメントともに、会社にとって花形であるために

数多くのソフトウェア開発、ハードウェア開発を担う富士ソフトにとって、プロダクトはその技術力の結晶。石井は「プロダクトは広告塔であり、会社にとって花形であるべき」だと考える。

石井 「売れる、技術的に優れている、世の中に貢献できるものをつくりたい。この熱量とゴールをしっかり共有すること。そして、部下が働きやすい環境をつくる。このふたつをマネジメントとしてモットーにしてきました」
これからも富士ソフトならではのプロダクトを開発し続け、ICTのプロフェッショナルとして、日本のものづくりを支えていく存在を目指す。