「娘も預けられる」保育園であることが、入社する一番の動機に

▲こころワクワク保育園 保育士 吉村 夏美

吉村が保育士を志すようになったのは、幼稚園児のころ。担任の先生への憧れが“なりたい職業”へとつながりました。

その夢をかなえるべく、高校から保育科に進み、専門学校卒業後は幼稚園に就職。保育士として順調な道のりを歩んでいましたが、業務を重ねるごとに腰痛が深刻さを増し、3年で退職せざるを得ませんでした。

吉村 「退職後すぐに結婚、出産をしたこともあって、フルタイムには復帰せず、子ども用品店や保育園などでアルバイトをしていました。やっぱり子どもに関わる仕事からは離れたくなかったんですよね」

育児や家事の合間を縫いながら働く。そうした生活を一変させ、正社員での勤務を考えるようになったきっかけは、夫の独立でした。

吉村 「ちょうど2年ほど前に、造園業で独立開業することになったので、私もフルタイムで働こうかなと思っていました。そんなときに、夫から『こころワクワク保育園』が開園する情報を聞いたんです」

保育園の開園予定地は自宅から30分圏内。保育士の募集要項を詳しく調べてみると、「自身の子どもも預かることができる」「女性が働きやすい職場」というような、自身が「心から働きたい」と思えるフレーズが並んでいました。

吉村 「娘は当時1歳。『子どもと一緒に出勤できるなら、フルタイム勤務も可能かもしれない』とまず思いましたし、オープニングスタッフであること、保育士の働きやすさを重視しているところにも引かれて。募集内容の文面に温かみを感じながら『ここで働きたい』という意欲が湧いてきたんです」

「ひとつの場所を、イチからみんなでつくり上げる」という期待を胸に、こころワクワク保育園で新たな一歩を踏み出した吉村。

開園から1カ月前の2018年3月に集結したスターティングメンバーは、園長の古川 朋子をはじめ、20代から60代まで幅広い年齢層の保育士が8名。経験もスキルも人それぞれでしたが、フラットに協力し合うスタンスで、一丸となって準備から開園、運営業務に取り組みました。

一方で、保育園の立ち上げを経験してきたメンバーはおらず、すべてが手探り。軌道に乗るまでにはある程度の時間を要しました。

計り知れない娘の苦しみ。古川園長でなければ、きっと私は辞めていた

▲こころワクワク保育園では、ハロウィンイベントも盛大に。後方右から2人目が古川園長、3人目が吉村
吉村 「開園当時は家の引越しなどが重なり、仕事もプライベートも想像以上のハードさでした。

娘にも相当なストレスをかけてしまっていたようで、保育園の勤務中、必要以上に私にすり寄ってきたり、夜泣きがひどくなったり。『自分の子どもを犠牲にしてまで、働く必要があるのか』と思い悩んだ夜もありましたね」

なぜ、このようなつらい局面を乗り越えられたのでしょうか。吉村は“古川園長の存在”に励まされたと言います。

吉村 「園長が古川でなければ、きっと私、辞めていました。古川は、チームをまとめる圧倒的なパワーの持ち主。個々が『自分のやり方』に終始してしまいがちな専門職集団の気持ちを、ひとところにぎゅっと集めてくれる。

保育士一人ひとりに対してしっかりと目を向けて、表裏なく分け隔てなく、良い点、改善点をその都度、本人にしっかり伝えてくれる。職場の雰囲気が良いのは、古川のこうした取り組みが反映された結果だと感じています」

古川から与えられた、多くの気づき。中でもとりわけ「思ったこと、気づいたことを声に出す」大切さが身に染みたと吉村。課題の種を見つけたら、すぐに共有し、みんなで解決する。

自分から発信するのが苦手な人でも、ひとりで悩まず、必ず誰かに相談できる環境・関係をつくる。これらを徹底することにより、園の運営が目に見えて改善されていったのです。

日が経つにつれ、吉村の娘に対する気持ちにも変化が生まれてきました。

吉村 「周囲の人の助けをたくさん借りながらも、こうして娘の成長を見ながら仕事ができる環境が本当にありがたいと思い始めたんです。上司や同僚だけでなく、保護者の方々もこの状況を理解してくださって、『娘ちゃんも頑張っているね』と声をかけてくれたり、時には『そんなに娘さんに厳しくしなくていいですよ』と言われたりすることも。

たしかに自分の子をひいきしてはいけないという気持ちから、意識して娘に強く当たってしまっていた時期があったんですよね。みなさんのそうした声に日々励まされ、救われながら、ここまでやってきたという感じです」

園児一人ひとりと密接に関われる今の環境が、ずっと自分の理想だった

▲当園が取り入れているカリキュラム「音の教室カリヨン」の風景。園児たちがいつも楽しみにしている時間です

開園からもうすぐ2年。スタート当初は外部から既存の手法やフォーマットを持ち込んで運営に取り組んでいましたが、今では日々の保育内容から避難訓練の方法に至るまで、あらゆるプロセスにおいて独自の知見が盛り込めるようになりました。

吉村 「一番改善されたのは、園児の保育記録です。0歳児については成長が著しいので、もともと細かく書き記すルールがあったのですが、1歳以上の園児に関しても詳しく記録を残すようにして。

たとえば、成長に関することについては、『泣いている子の頭をなでる』『保育士の声掛けに応じる』などのチェック項目に沿って。『通院した』『風邪気味だった』というような体調の変化などは逐一メモを取るようにしたんです。

詳細な記録があれば、突発的な出来事が起こったときにもスタッフ全員が対応できます。週案も、その記録をもとに作成することで、一人ひとりの成長に見合った内容で立てられるようになりましたね」

2020年1月現在、園全体で保育している園児の数は22人。吉村がかつて在籍していたのは約200人が在籍する大規模幼稚園でした。一人ひとりと密接に関わることができる今の環境が、自分の考えにフィットしていると吉村は話します。

吉村 「保護者からお預かりしている間は、私たちが園児のいわば親代わり。しっかり寄り添える環境が、私が考える保育においてベストだと思っています。大切にしているのは『この子のことをわかってあげたい』と思う心、姿勢。

こっちが本気で向き合えば、相手も応えてくれる。それは大人も子どもも一緒なんですよね。私が幼稚園時代からずっと憧れているかつての担任の先生も、きっとこんな風に接してくれていたんじゃないかと想像しています」

吉村は開園当初から続けている園のカリキュラム「音の教室カリヨン」にも共感していると言います。

吉村 「私自身、これまで接したことのなかった手法(メソッド)なんですよね。園児が絵本の登場人物になって、歌ったり、踊ったり、絵をかいたり、工作をしたり、体操したり。

音符や歌詞をただ覚えさせるのではなく、自分で考え、つくり上げていく遊びなので、みんなが目をキラキラ輝かせながら、主体的でとても楽しそうにしているんです。こんなに自由な手法で、子どもの発想力や好奇心を育むことができるんだと勉強になりました」

変化する家族の形。その時々のベストを模索しながら、ここで働き続けたい

▲園児一人ひとりに、しっかり寄り添う。それが吉村のモットーです

2020年夏に第2子を出産予定の吉村。新たなフェーズを迎えるにあたり、人事担当者とともにベストな働き方を協議中です。

吉村 「妊娠を伝えたときに『出産後の勤務形態はどうする?』と担当者の方から聞いてくれたのには驚きました。一企業に勤めるプロの人事に、こうして逐一相談できることがこの保育園で働き続ける上での大きな安心材料ですね」

娘とふたりで出勤することが日常となった現在、「娘の急病には有休ではなく『看護休暇』を使って看病ができる」、「『アニバーサリー休暇』を利用して家族の誕生日を祝える」など、さまざまな福利厚生も働きやすさにつながっていると話します。

吉村 「一方で最近では、看護休暇が取れるとわかっていても『娘を両親に預けてでも出勤したい』という気持ちの方が強くて。

結局は古川が『そばにいてあげなさい』と言ってくれて、休むことも多いんですが、常に『何とかして保育園に貢献したい』という想いはあります」

当園で働くようになって、「イキイキしているね」と夫から言われたという吉村。困難を乗り越えながら向き合った「働くこと」に今、どんな意義を感じているのでしょうか。

吉村 「フルタイム勤務に限らず、どんな仕事にも責任は生じるので、それにともなって、向上心が芽生えたり、家事や育児とはまったく別の達成感を味わえたり。心が満たされる大切な時間です。

『子どもが家で先生のことばかり話すんですよ』と言われるのもモチベーションにつながりますし、古川から子どもへの接し方や文章の書き方など、都度褒めてもらえるのも、大きな励みになっています。やはり、いくつになっても『認められたい』という気持ちは湧いてくるものですね」

出産を経て「もし私が保護者だったら、どういう風に子どもに接してほしいだろう」という視点で仕事に取り組めるようになったという吉村。同じ年頃の子どもを持つ親として、保護者からの相談も多く受けるようになり、これまでとは違ったやりがいを感じていると言います。保育士として、母として。吉村の活躍の場は、今後ますます増えていくことでしょう。