「社会を支える大きな仕事」に憧れて。希望はかなうも得られなかった達成感

▲製造ITイノベーション事業本部 酒井 洋平

大学時代は数学科に在籍していた酒井 洋平。数学教師か、エンジニアか、金融業界への就職か。同級生の多くが、そのいずれかの進路を選択したと言います。SIerへの就職の道を選んだ理由を、次のように振り返りました。

酒井 「もともと“縁の下の力持ち”的な仕事に関心があったんです。NTTデータのことを知ったのは、『“あの”アメダスをつくった会社』という入口からでした。そのときから社会を支えている会社、という印象が強かったですね」

光が当たる機会は少なくても、日々、社会の下支えをしている──。そんな立ち位置を志向するようになったのは、小さいころに何度も聞かされた父親のある言葉が影響していると言います。

酒井 「子どものころから、父にはことあるごとに『正義の味方になれ』と言われてきました。それもあってか、『社会を支える大きな仕事を』という、漠然としながらも強い想いを持つようになったのかもしれません」

そんな酒井が入社して最初に配属されたのは、通信キャリア向けの大規模システムの開発プロジェクトでした。ここで、入社3年目までは開発を、4年目以降は維持管理業務を担当します。

システムのユーザー数は優に5000万人超。お客様のサービスにとって不可欠な、ミッションクリティカルなシステムです。「社会を支える大きな仕事」に違いありません。しかし、このころの酒井は、自身の仕事に対する手応えを感じられずにいました。

酒井 「システムもプロジェクトも規模が大きかったが故に、自分が携わっている領域の意義をつかみかねていました。目の前の業務にがむしゃらに対応する日々の中で、自分は大きなしくみの“歯車”になってしまったのではないか……。そんな釈然としない想いがありました」

開発フェーズの完了を祝して催されたセレモニーの席でも、酒井はどこか達成感に浸りきれずにいたと言います。

そんな状況が変化したのは、入社6年目のとき。

ユーティリティ業界のお客様向けの、システム開発のプロジェクトに加わることになりました。

満たされなくなった成長意欲。そして、新たなフィールドへ

▲“財産” と語るプロジェクトメンバーとともに

プロジェクトのミッションは、お客様のビジネスプロセスの刷新を図る新システムを開発し、現行システムからの移行を滞りなく終えることでした。ここで、酒井はシステムの要件定義から移行の方式検討、さらに中国でのオフショア開発と、新システム導入に至る一連のプロセスを経験します。

中でも苦労したのは、移行の方式検討だったと言います。

酒井 「アーキテクチャの検討から始まって、ソースコードの自動化を採用するか否か、自動化を行うならどんなしくみにするべきなのか。メンバーみんなで意見を出し合いながら、さまざまなことをゼロから決めていきました。道のないところにみんなで線路をひきながら列車を走らせていくようなイメージですね。苦労も大きかったけれど、楽しかったです」

ここでのチームメンバーは、大多数が協力会社の社員でしたが、7~8年たった今でも年に1度は集まって思い出話に花を咲かせる関係が続いていると言います。

道なき道を苦心しながら切り開いた経験と、そこでともに知恵を出し合った仲間。そんな得がたい“財産”をもたらしたプロジェクトではありましたが、新システムの導入という大きな節目に酒井が抱いたのは、やはり達成感とは異なる感情でした。

酒井 「1番最初のプロジェクトとは違い、お客様と対面でやりとりするような場面も多くありましたが、『先輩や上司に守られている』という感覚は常にありました。だから、システムが完成したことへの満足感はありつつも、『自分がやったんだ』という感覚は希薄でしたね」

その後、プロジェクトは維持管理フェーズに突入していきました。

同じお客様との、ロングタームのリレーションシップ。7年余りの間に酒井の立ち位置も次第に変化していきました。「先輩や上司に守られている」存在から、お客様からキーパーソンとして認知されるプロジェクトの中核的存在になっていきます。しかし、酒井は自身の置かれた状況を肯定的に捉えることはできませんでした。

酒井 「『社会を支える大きな仕事』に憧れてこの仕事を選び、実際にそれが少しずつ体現できるようになってきたとは思います。

でも、ひとつのプロジェクトに長く関わるうちに、『酒井さんが言うならそれでいいよ』というように、お客様とのやりとりでも緊張感が失われていき、自分にとって“難しい局面”はめっきり少なくなりました。そうした中で、本当に自分はこのままでいいのかな、と自問するようになったんです」

「成長し続けたい──」。その一心で、酒井はメンバーを募集している新たなプロジェクトに名乗りをあげます。

それが「福島復興 火力発電所プロジェクト」でした。

いざ長崎へ。「福島復興」への使命感と情熱をもって奮闘

「福島復興 火力発電所プロジェクト」として、2016年より、福島県内で発電所を建設する計画が進められていました。

NTTデータにとってのお客様は、発電所施工企業A社様(以下、A社様)で、開発ターゲットは、発電所の現場作業や運転を管理するシステム。

そして、同システムの開発を、株式会社NTTデータMHIシステムズ(以下、NMS。NTTデータと三菱重工との情報システム分野におけるアライアンスにより2017年設立。)が担い、プロジェクトのマネジメントをNTTデータが担当することになりました。

NMSの西日本支社があり、A社様の工場拠点でもある長崎市を、酒井が初めて訪れたのは2018年夏。プロジェクトメンバーとは、ここで初めて顔を合わせました。NTTデータからは、入社1年目の若手社員と酒井のふたりのみです。

NMSにとっては、過去に経験のない大規模な開発案件。加えて、特定のアーキテクチャの採用や、中国でのオフショアによる製造など、新たな試みの多いプロジェクトになりました

酒井 「環境としては完全にアウェイなわけですよね。最初のころは、そんな中でとにかくプロジェクトを前に進めなければ、というある種の恐怖心に近いものがありました」

酒井は、自社とは開発の“作法”や工程管理の考え方が異なる文化の中で、NMSのメンバーと認識を合わせるところから着手しました。

酒井 「難易度の高いプロジェクトではありましたが、『福島復興』という大目標になんとしても貢献したい。そんな気持ちに突き動かされていました」

何よりも、NMSメンバーの姿勢に助けられることが多かったと言います。

酒井 「NMSの方たちは、新しい変化を前向きに受け入れてくれました。それが、プロジェクトを成功に導くことができた一番の要因だと思っています」

2019年10月に、酒井の役割は一段落しました。文字通りの「社会を支える大きな仕事」というべきプロジェクトを、PMとしての立ち位置で陣頭指揮をとった1年余りの日々がついに終わりを迎えたのです。

最後にお客様から「いいものができましたね」という言葉をかけられたとき、酒井の胸を満たしたのはいまだかつて味わったことのない、長年求めていた達成感でした。

そして、NMSとNTTデータが連携して取り組むプロジェクトの初の成功モデルとして、酒井が長崎で蓄積したナレッジは、今後の2社間のプロジェクト運営にも横展開されることになりました。

酒井 「福島復興 火力発電所プロジェクトを経験して、ようやく本当の意味で、入社前に想い描いていた働き方のスタートラインに立つことができたような気がします。1年以上、平日は長崎に滞在する生活をしていたので、ひとりで子どもたちの面倒を見てくれていた妻には感謝しかありません」

想いを共有し、前進をアシスト。サッカーに学んだチームビルディング

▲「成長を諦めない」想いを胸に、挑戦はつづきます。

サッカーが大好きな酒井。横浜F・マリノスの大ファンで、プロジェクトのミーティングでは、マリノスのキャプテンの言葉を引用することもあるのだとか。

サッカーから学んだことは、チームビルディングにも生かされています。たとえば、「ゴールのイメージを共有する」ことです。

酒井 「サッカーの試合直後のインタビューで、ゴールの決め手を聞かれて『練習通りにできました』と答える選手が多いですよね。あれはつまり、日ごろからチーム内でゴールの瞬間を具体的にイメージして共有していることの表れだと思うんです。 仕事も同じで、メンバー全員がゴールのイメージを共有できているチームは強い」

そして、リーダーとして、メンバーがイメージを描き共有するプロセスを助けるために、「言葉」を大切にしていると言います。

酒井 「中国のオフショア先を訪問したときも、『福島復興』に込められたプロジェクトの意義を伝えたくて、中国語でメッセージを伝えました。人の心を動かすには、まず自分の想いを言葉にして伝える必要があると思っています」

もうひとつ、酒井が日ごろから大切にしていることがあります。それが、「相手が前向きになれるような働きかけをする」ことです。

酒井 「若手のころは、先輩や上司から厳しく叱られて、ものすごくへこんだ経験があります。僕はそこで『やってやる!』と思えたけれど、もしかすると意気消沈してしまう人もいるかもしれない。だからこそ、至らない点や失敗があったときほど、相手を鼓舞するような言葉をかけるような、そんなリーダーでありたいと思っています」

福島復興 火力発電所プロジェクトで自身の役割を全うした今、酒井は自身のキャリアを「ここからが第2章」と語ります。

酒井 「長崎での経験は、今の自分がPMとしてやっていくための武器になったと思っていて、まずは、この経験を横展開していきたいですね。そして、お客様のグローバル戦略に寄り添っていけるように、自分自身も知見を磨かなければと思っています」

お客様のビジネスを支え、社会を支え、新しい時代の創造に貢献するために──

自己の成長を厳しく問い続ける酒井の挑戦は、まだまだ続きます。