「高齢者の食の課題を解決したい」という想いから、GIFMOスタート

▲GIFMOでCEOを務める森實将(写真右)、ファウンダーの水野時枝(中央)と小川恵、彼らが続けているケア家電サークルTeam Ohanaで定番の「花」を表すポーズで

パナソニック アプライアンス社の企業内アクセラレーターとして、「未来の『カデン』をカタチにする」をビジョンに据えて活動しているGame Changer Catapult(以下GCカタパルト)。主要な活動のひとつとして、2016年から毎年、社員によるビジネスコンテストを実施しています。

第一回目のビジネスコンテストでファイナリストに選出された事業アイデアのひとつが「DeliSofter(デリソフター)」という食のソリューションです(*1)。料理の見た目と味はそのままに、噛まずに簡単に飲み込める柔らかさの調理ができるというアイデアで、社内のビジネスコンテストを勝ち抜き、2017年3月に行われたSXSW(*2)に出展して注目を集めました。

その後、事業化に向けて努力を重ねた結果、新規事業創出を目的としてパナソニック、スクラムベンチャーズ、そしてINCJの合弁で設立されたBeeEdge(*3)から支援を受け、ついに「ギフモ株式会社」(以下、GIFMO) を2019年4月に設立し、事業を開始しました(DeliSofterチーム誕生から、ギフモ株式会社ができるまでのストーリーについては、ぜひこちらでご覧ください)。

GIFMOの設立にあたって、CEOの森實には確固たるビジョンがあります。

森實 「食は誰にとっても当たり前の生きがいです。食べる喜びは生きる喜び、生きる力になる可能性を持っています。その一方で、年を取ると当たり前の幸せや生きがいが、当たり前にできなくなるケースが増えるという課題を感じていて。そこにアプローチしたい、高齢者の食の課題を解決して、誰もが幸せに生きられる世界にしたい、というのが私たちのビジョンです」

食べることが難しくなる障害のひとつとして、GIFMOがまず注目しているのは嚥下障害(ものを飲み込みにくくなる障害)です。嚥下障害の方は増加傾向にあります。また、高齢者の方だけではなく、お子さんや若い方にも嚥下に問題がある方も増えてきているとも言われています。

また、嚥下障害ではなくても、超高齢化社会の中で、食の課題に対するソリューションはますます求められてくると考えています。

厚生労働省の「介護保険事業状況報告」によると、2013年の時点で要介護(要支援)認定者の数は584万人、これは高齢者人口の18.3%にあたります。そのデータをもとに、介護食品に対する潜在的ニーズは2.9兆円にのぼると農林水産省が試算していて、介護食品に対する潜在的なニーズは非常に大きいと考えられています(*4)。

高齢者の方の暮らし方の側面から見ても、厚生労働省の調査によると2000年に300万人程度だった高齢ひとり暮らし世帯は、2020年には600万人を超え(*5)、その後も増加していくと予想されています。かむ力、飲み込む力が弱くなってきたり、食事の準備が負担になったりすると、独居高齢者の方々は食べられるものをスーパーで買ってきて、そればかり食べる、というような状況に陥りがちです。

高齢者ご本人はもちろんですが、食事を用意する側にお役立ちしたいという想いも強いです。加齢にともなってさまざまな問題が起こってくる。そうすると、現状では状況に合わせた食事を提供するノウハウ、ツール、手段が非常に限定されているんですね。そこにある「難しさ」を「簡単かつ短時間」に変えていくことで貢献したいと思っています。

最近は、高齢の方や嚥下障害を持つ人に向けた特別なメニューを宅配してくれるサービスも充実してきました。ですが、価格が高い、メニューが限定されてしまうなどの問題も残っています。私たちが提供したいのは、「家族と同じものが食べられる」という幸せ。ここを提供したいです。

小川 「これはメンバーが実際に家族を介護したときの経験から痛感したことなのですが、病気や加齢のせいで家族と同じものが食べられないというのは、本人にとっては想像以上にストレスになる。そして、思うように食事ができずいら立つ家族に対して、介護する側も『ごめんね』という心苦しい想いをすることになるんですね。
家族でいつも食べていた味を最後まで楽しんでほしい。『このままだと食べられてないけど、 DeliSofterにかければ飲み込めるかもしれないから、ちょっとやってみよう』ということを簡単にご家庭でできるようにしたいと思っています」

(*1)DeliSofterとは?:料理の見た目と味はそのままに、かまずに簡単に飲み込める柔らかさに調理ができる、というソリューション。新規事業創出を目的としてパナソニック、スクラムベンチャーズ、そして株式会社INCJの合弁で設立された株式会社BeeEdgeから出資を受けて、2019年6月にDeliSofterの事業化を目指す「ギフモ株式会社」が設立された(DeliSofter公式ページはこちら、ギフモ株式会社公式Webサイトはこちら)。

(*2)SXSWとは?:アメリカ合衆国テキサス州オースティンで毎年3月に開催されるデジタル・インタラクティブや映画・音楽の分野での世界的規模の大型展示会。1987年に音楽イベントとして始まり、1994年にフィルム部門とインタラクティブ部門が追加され、現在の形式となる。とくにインタラクティブ部門は世界的に影響力があり、スタートアップ企業の登竜門として、昨今、企業や投資家などから大変注目を集める。

(*3)株式会社BeeEdgeとは?:新規事業の創出促進を目的として、米国サンフランシスコをベースに日米でスタートアップへの投資を行うベンチャーキャピタル「スクラムベンチャーズ」と、産業や組織の壁を超えたオープンイノベーションを活用し新たな付加価値創出を目指す株式会社INCJ、及び新規事業の創出を目指すパナソニック家電事業部門のアプライアンス社が共同で出資・運営する新規事業支援会社(株式会社BeeEdge公式Webサイトはこちら )。

(*4)出典:http://www.maff.go.jp/j/jas/kaigi/pdf/h280229_jas_tyou_bukai_siryou3_ver2.pdf

(*5)出典:https://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/09/dl/s0927-8e.pdf

GIFMOが提供するサービスの特徴は?

2019年4月にスタートしたGIFMOのひとまずの目標は、DeliSofterをサービスとして確立させて、世に出すこと。ファウンダー小川は、そのサービスに欠かせないのは「コミュニティづくり」であると考えている。

小川 「ビジネスコンテストに出したときから、『機器以上に必要なのは、コミュニティなのではないか?』という想いがありました。家族が一般の食事を取れない、どうにかしてあげなくては、と思ったときに、まず困るのは情報がないことなんですね」

病院で基本的なことを教えてくれるものの、その後「自分の家族の状況に合わせてどんなことをしてあげられるか」ということを考えたときに、ノウハウが集約されていたり、気軽に誰かに相談したりできるところがあればどんなにいいだろうと、ビジネスの素案を考え始めたころから水野と小川は思っていたそうです。

政策的にも、今は現在主流の施設を中心とした介護から、在宅での地域包括ケアに移り変わる転換点にあたります。

森實 「医療業界やケアコミュニティで、イノベーターとなりご活躍されている先生方と話しているときに『プロがいる施設ケアから在宅ケアに移るということは、今までプロがやっていた仕事、たとえば医師だったり、介護に詳しい栄養師だったりがやっていた仕事のノウハウをハード(調理機器)やソフト(コミュニティ)に落としていくことが重要になる』というお言葉を伺いました。そのときに、 DeliSofterに加えてコミュニティの必要性をあらためて確信しました」

一方で森實は、「コミュニティをつくる」というのはすごく難しいものだということも実感しています。今考えているのは、ローカルにフィットし、なおかつローカルとローカルをつなぐようなしくみが何かつくれないか、ということ。

森實 「介護される人、する人を支えるためにはローカルできめ細やかなコミュニティが必要だと思いますし、一方で各地域で蓄積されている介護や健康・食事のノウハウが GIFMOと DeliSofter事業を通じて横連携すれば大きな価値を生めるのではないか、そのデザインをどのようにやっていくかを非常に悩んでいます。
悩みが多い一方で、私たちのビジョンに共感してくださる方々から『一緒にコミュニティをつくっていきましょう!』というお声をいただくことも多く、非常にうれしく思っています」

DeliSofterはターゲットとして、在宅介護の現場への提供を目指していますが、実は高いハードルがあります。医療機関や介護施設をターゲットにするのであれば、DeliSofterを扱うのは栄養士や介護士などのプロの方々なので、その専門知識やご経験に頼ることができます。

その一方で、在宅介護の場面でどなたにも簡単に使っていただくためにはどうすればいいのか。難しい課題ですが、森實は「食事の問題を改善し、食卓の楽しい時間をつくりたい」という想いを大事にして、あえてチャレンジしていきたいと言います。

大事なのは「素直な心」と「やり続けること」

パナソニックの創業者である松下幸之助が残した言葉に「素直な心」というのがあります。GIFMOのメンバーも新規事業を進める上で、この「素直な心」ということを貫いてきたと言います。

水野 「自分たちだけではできないから、『これがわからないです』『こんなことを一緒にやってほしいです』と周囲に伝えて、いろいろな方の協力をいただきました。
『実際に自分たちでとことんやっている』という裏付けがあったことも、周りの協力を得られた秘訣かもしれません。 1日だけ考えた『わかりません』という言葉と、何日にもわたって真剣に考え続けた挙句の『わからないです、教えてください』では、その重みが全然違いますから」

「実際にやってみる、そして考える」という姿勢は、仲間を集める際にも、大事にしていたそうです。

森實 「仲間を集める場合も、言っている本人が現場にも行かず、机上で考えただけのアイデアであれば、たぶん響かないのではないでしょうか。最初にやっていたメンバーが考え抜き、やり抜き、いろいろ苦労した上での仲間集めだったからこそ、成功したのではないかと思います」

もうひとつ、森實たちが大事にしていたのは、「何もないのにやり続けられるかどうか、その方法を考えられるかどうか」ということ。

森實「『モノがないから』『予算がつかないから』、と言い訳して終わっていたら、今のように会社にすることはできなかったと思います。プロダクトもサービスもお金もないのにやり続けることができるかどうか。われわれのチームは本当に何もなかったんです(笑)。でも想いを絶やさなかったので、とりあえずここまで来ることができました」

水野たちはGIFMOを会社にする前に、社内からメンバーを募って「ケア家電サークル『Team Ohana』 」をつくった際も、どうやったら活動を続けられるかを常に考えていました。

水野 「たとえば、出費を抑えて活動を続けるために、水野はチームメンバーのお昼ご飯を提供する、車を持っている小川はメンバーの自宅近くまでお迎えに行く、なんていうこともやっていました。休日の自分の時間を割いて、ケア家電実現のために集まってくれるメンバーのために『今日来てよかった、これからも頑張ろう』と思ってもらいたかったので」

この「できる人ができることをやる」という精神はTeam Ohanaのカルチャーとなり、今でも活動がつながっていっています。

まだ世の中にない「ケア家電」を提供したい

▲G20と同時期に開催されたウェルカムレセプションでのDeliSofter

これからGIFMOがスタートするにあたって、CEOの森實には、「まったく新しい世界をつくらないといけない」という想いがあります。

森實 「 DeliSofterという新しいコンセプトに出会って、介護という概念が変わる、これは絶対につくらないといけないと感じました」

実際に森實の親戚にも、食べることが困難な人がいます。食材を長時間煮込んでみたり、食べてみてダメだったら諦めたりと、今も試行錯誤しているそうです。そういう状況を森實は実際に見ているので、「誰かがやるだろうに任せていたら間に合わない、自分がやらなくては」と感じて、ここまで突き進んできました。

森實 「もちろん、『当初の計画どおりやりました』で成功できるとは思っていません。想像と期待を超えるくらいやりきらないと。大企業が変わらないと日本が変わらないと思っています。その意味では、パナソニックからスピンアウトして GIFMOで挑戦できるのは願ってもない機会。日本の未来をこの事業で担うくらいのつもりで取り組むつもりです」

一方ファウンダーの水野は、GIFMOのスタートにあたって「責任」を感じているそうです。

水野 「『ケア家電』というものは、今はまだ社会のどこにもありません。だからこそ、絶対に社会に提供していかないと、という想いがあります。
私たち一人ひとりは人間として足りないところがたくさんあります。しかし、 TeamOhanaや GIFMOとして集まることで、お互いにいいところを出し合って、社会に対して貢献できると思えるようになりました。本当に、 GCカタパルトのビジネスコンテストに挑戦しなければ、事業をつくることも心躍る経験をさせていただくこともなかったので、今は感謝の気持ちしかないです。
社会にケア家電を届ける、というビジョンに関しても、使命感を持って仕事にあたる経験、事業をつくる経験、という自分のキャリアの観点からも、幸せの数珠つなぎを次世代に残していくことが私たちの使命だと思っています。若い人たちにも『あきらめずに頑張ればこうやって花が開くんだ』と思ってほしいですね」

もうひとりのファウンダーである小川にも、ケア家電に対する想いがあります。

小川 「パナソニックは長らく、家事を楽にする家電を提供することで社会にお役立ちしてきたと思います。今、その社会が変わりつつあるので、お役立ちの仕方も変わっていく必要があると思っています。高齢化社会の中で、ケアを必要とする人がどんどん増えているので、『ケアする人に寄り添うケア家電』を絶対に実現したいです。
DeliSofterのアイデアでビジネスコンテストに挑戦して以来、「信念を貫く」ということを学びました。ここに来るまで、チームの中でも本気で意見が対立したり、悩んだりの連続でしたが、今はこの信じる道をぶれずに進みたいです。
ケア家電の実現に挑戦することで、それまではまず出会うことはなかった遠い拠点で働く仲間や、若い世代の人と知り合うことができました。この 3年くらい、つらいことがいろいろありましたが、そんな中でも仲間と一緒に前を向いて挑戦できるプロジェクトがあったのは、心のよりどころになりました。実際にビジネスコンテストに挑戦する後輩も出てきていて本当にうれしく思います」

実体験を通じて「高齢者の食の課題を解決したい」という思いから生まれたGIFMO。さまざまな困難がありながらもビジョンに共感した仲間、パートナーと共に、ケア家電の実現に向けて重要な一歩を踏み出しました。