人間力を武器に、営業リーダーへ

広島の職人の家系に生まれた中村は周りにサラリーマンがいない環境で育ちました。しかし、人事担当者の人柄に引かれ、1994年、日本ストライカーへの新卒入社を決意。中国地方を中心に営業活動を始めます。

30代前半でグループリーダー職へ昇格してからは、「営業は人と人。とにかく人を大切に」というポリシーのもと、チームづくりの基礎を学び、営業職社員を教育するフィールドサポート部へ異動。全国各地を飛び回る日々を約1年過ごしました。

中村 「フィールドサポート部では、おのおのの地域で一人ひとりが異なる苦労を抱えていることを知り、自分が井の中の蛙だったと痛感する毎日でした。人を教える立場となった自分にとって、 “人 ”を知る良いトレーニング期間だったと思います」

その後、トラウマ営業部で九州エリアを統括した後、西日本全体を統括する責任者に就任。上京してからは2017年から現職のナショナルセールスディレクターとして、トラウマ(外傷)営業部門トップに就任しました。はたから見ると順風満帆なキャリアそのものです。

そんな中村の活躍を間近で見てきた人事本部の持田宏隆は、その人物像を「人間的魅力を武器にしたリーダー」と形容します。

持田 「上司であれ部下であれ、誰に対しても裏表がない。行動の一つひとつが利他心に基づいているからこそ、周囲に慕われ、実績にもつながっているのだと思います。ストライカー社員のあるべき姿を体現している人物です」

謙虚さを貫き、人を大切にして組織をつくってきた中村の人間力。その根底には、長年の営業活動やマネジメント業務を通じ、多様な人との関わりのなかで培われた“信念”がありました。

100人いれば、100通りの道がある

ナショナルセールスディレクターは、役員直下の立場で会社の意思を各マネージャーに伝え、チームのパフォーマンスを最大化するのが主な業務です。中村が留意しているのは「人間は人それぞれ違う」ということ。入社以来、常に“人”をすべての中心に据えてきた中村は、一人ひとりの将来を考えたコーチングを心掛けています。

中村 「メンバーの数だけ、進む道があるということ。当然、目指すものは人それぞれ違います。成長意欲のある人を伸ばしてあげなくてはいけないし、光っている人材を埋もれないように引き上げなくてはならない。それを正しく判断する物差しを持って、背中を押すことが私の役割です」

中村は、目に見える数字や活動だけではなく、個人の人柄や仕事への向き合い方、そしてプロセスを重視。たとえばセミナー会場での準備業務であれば、役割に応じた行動のみならず、自発的に取り組む姿勢なども見ているのです。人を大切にするというポリシーを実践してきた中村だからこそ、“人のため”を考えた言動を評価しています。

また、長年営業の現場でさまざまな医療従事者らと出会ってきた中村は、駆け出しの営業パーソンだったころに知り合った同世代の医師と症例について意見交換するなど、今でも熱く語り合える関係を続けています。営業は人と人とのつながりだということを肌で感じてきた、そんな中村だからこそ「数字は単に残すのではなく、どう残していくかが大事」と後輩に伝えることができるのです。

中村 「振り返ってみると、自分は会社からたくさんチャンスを与えてもらったと感じます。今度は自分がチャンスを与える番。意欲を持つ人材がそれぞれの目指す方向に伸びていくことが、会社にとっても本人にとっても真に意味のあることなのではないでしょうか」

“ひとつ上のチャレンジ”が常に与えられる環境

2019年11月現在、メンバーが100人を超える営業部を率いる中村ですが、「自分自身、もともと出世願望は強くないタイプ」と話します。昇格の打診を受ける度に、「自分が本当に適任者なのか」と心の中で常に葛藤してきました。

中村 「会社からの提案はいつも “ひとつ上のチャレンジ ”だと感じました。自分はまだふさわしくないと思いつつも、後進のために道を開くつもりで受けてきて今に至ります。 “ひとつ上 ”を目指すためには、自分もいろいろなことを学び、吸収しなくてはならない。それが、結果的に自身の成長にもつながったと思います」

ナショナルセールスディレクターに就任した中村が最初に直面した“チャレンジ”は、直属の上司である事業本部長が南アフリカ出身の外国人に変わったこと。多様なバックグラウンドを持つ人々が活躍する日本ストライカーですが、中村にとっては新たな、そして大きな試練でした。

合理的に物事を判断する上司に対し、人と人との関係を軸にキャリアを築いてきた中村。コミュニケーション能力に長けている中村とはいえ、当初は意思疎通の難しさを痛感する日々でした。

中村 「時には、考え方の違いから議論が噛み合わず、衝突することもありました。でも、上司は日本人の考え方を理解し、歩み寄ろうとしてくれているのもわかっていました。国は違えども、『愛と信頼』を信条とする上司とは、人に対する想いは根底で同じだったわけです。そんな上司の姿に刺激を受け、私もグローバル・スタンダードを学ぼうと思いました。論理の組み立て方を工夫し、常にわかりやすく説明するように心掛けています」

今もなお、学びの日々。そこから未来を紡ぐ

2018年、中村は自ら「次世代リーダー育成プログラム」への参加を決意しました。これはシニアマネジャー職以上の社員を対象に行う日本ストライカーオリジナルの研修で、将来の経営人材の育成を目的に開催されているものです。

社内選抜に見事合格した中村は、2019年1月から業務のかたわらで「リーダーシップ」「グローバル・コミュニケーション」などの実践演習をこなしています。

しかし、これは今まで「会社から与えられる機会」が多かった中村にとって、初めて自らつかんだ学びの機会。心境には、これまでとは異なる変化が訪れました。

中村 「私が参加しないと、後に続くメンバーが “さらに先 ”へ行くチャンスを失ってしまうかもしれない。苦しい道のりは覚悟の上で、ストライカーの未来のために参加を決めました。日頃、チームメンバーに『頑張れ』と激励しながら、自分が手を上げないのはちょっと違うかな、と」

かつて持田に教えてもらった、少林寺拳法の理念「自己確立、自他共楽」。『半ばは自己の幸せを、半ばは他人の幸せを』という意味のこの言葉は、中村の座右の銘でもあります。この精神をもって、新たなキャリアに挑み、学び、経験を積み上げてきました。

多忙を極める中でも、苦手だった英語を学び、上司との会話や海外出張でも英語を使うようにしています。社員向けの英語研修では、自ら英語であいさつを行い、参加者一同を驚かせる一幕もありました。

中村 「英語で挨拶するなんて、正直なところ、今までは恥ずかしいことと思っていました。そんな自分だからこそ、その殻を破る必要性があり、やればできるということを示したかった。自分の姿を見てメンバーには『私にもできる』『あそこまで行ける』と感じてもらえれば」

2020年、50歳の節目を迎える中村は、変わらない信条のもと、変化し続ける姿勢を大切にしています。

中村 「多様なメンバーが働くストライカーでは、さまざまな部署の人が、さまざまな角度から支えてくれます。自分も、誰かのためになるならば、今後もいろいろなことに挑戦してみたいです」

人のために、未来のために。今日も中村は学び、チャレンジを続けています。