自我をもって踏み出した人事への険しい道のり

▲土屋鞄の人事管掌執行役員 三木芳夫

1965年、ランドセルづくりからその歴史をスタートさせた土屋鞄製造所。小さなランドセル工房からはじまり、現在は日本の感性や技術を大切にしたランドセルや革鞄を提供し続けています。

そんな土屋鞄へ2019年に入社した三木は、かつてブライダル企業やIT業界で積み重ねてきた人事の経験を活かし、人事管掌執行役員として働いています。 

三木が新卒入社したブライダル企業は、入社2年後にマザーズ上場し、さらにその3年後には東証一部に上場しました。三木が勤めた12年間で、社員数は50名から約1800名、売上は10億円から約200億円に。急成長の最中にあるベンチャー企業で、組織を作りブランドが育つおもしろさを目の当たりにしました。 

最終的に人事責任者となった三木ですが、最初から人事に関わっていたのではありません。三木は新卒入社後はじめの3年間で6つの部署を経験するという、特異なキャリアを歩んできたのです。 

三木 「基本的に会社から異動するように言われたら、『はい、わかりました』と素直に従っていたんですよね。 
だから新卒でタキシードコーディネーターという仕事をしたあとは、新卒採用を担当してからウエディングプランナーに。その後また採用に戻って、今度は新店舗の立ち上げに関わり、それから教育研修部門の立ち上げに従事しました」 

職種をまたいだ異動を受け入れてきた三木が最終的に興味を持ち、自分がやらなければならないという使命感にかられたのが、人事の仕事でした。 

三木 「当時その会社では、社長が『自分は45歳になったら辞める』と公言していたんです。創業時からいるメンバーがボトルネックにならないようにという配慮でしたが、ユニークな意思決定をする人たちだったので、抜けてしまったあとは大変です。 
社長や役員が一気に辞めてしまってもおもしろい会社であり続けるためには、採用や教育を強化して意思決定のプロセスを言語化しないといけない。だから、人事に力を入れる必要がある。それが自分のミッションだと思ったんです」 

自我が芽生えた三木は、まず会社のビジネスを改めて知ろうとウエディング事業の現場へ戻ることに。その後本社に戻って人事本部を立ち上げ、責任者となりました。

もっと戦う必要がある──“人”に対する譲れないプライド

▲人事のプロフェッショナルとしてキャリアを重ねていった三木

人事本部の責任者として、社長交代に備えるべく奮闘していた三木。宣言通り初代社長は2016年春に交代し、2代目社長に就任したのは三木よりひとつ年上の先輩でした。役員も一新され、三木とほぼ同時期に入社した仲間たちが役員に。同世代が経営陣になったことで、三木を取り巻く状況にある変化が生まれます。

三木 「それまでは社長や役員に自分の意見をぶつけると、『それは違う』とキッパリ否定されたり『それはおもしろい』と肯定されたりしていました。
ところが、気心の知れた新しいメンバーになり、 自分の意見が通ってすごくやりやすくなった一方で、次第に『自分はこのままで大丈夫なのか?』と考えるようになりました」 

漠然とした不安な想いを抱えていた三木は、キャリアコンサルタントとして働く知り合いに相談してみることに。12年間一度も転職を考えたことがなかった三木にとって、これが思いがけない転機となりました。 

三木 「そのキャリアコンサルタントの方がベンチャー企業と経営人材を志向する人のマッチングを得意とする方で、僕と同世代の創業社長さんたちとたくさん会わせてくれたんですよ。やっぱり自分で意志を持ってビジネスをやっている人って、おもしろいですよね。 
同世代の社長さんたちに触発されて、自分ももっと戦わないといけないなと感じました。そこで、初めての転職を決意したんです」 

2017年から三木が次なるステージとして選んだのは、IT企業。そこで投資先を黒字化させるため、人事だけでなく組織全体の作り直しにも携わる執行役員に就任しました。 

事業計画やKPIを作ったり、人員の入れ替えをしたり、組織内部の整備を2年半取り組んだ三木。新しい環境で新たな業務に携わることに楽しさを感じていましたが、自身が持っている“人”に対する考え方と会社の方針がずれていることに、いつしかストレスを感じるようになりました。 

三木 「最初の会社はとにかく“人”に向き合う会社で、『経営に必要な4資源は人・人・人・人だ』というところでした。そこに12年も務めていたので、僕も“人”が何よりも大事だという考えなんです。 
ただ、次の会社は圧倒的に“コト”に向き合う会社。“人”に対する考え方に次第にずれを感じるようになっていきました」

手触り感のある仕事を求め、土屋鞄へ

▲HR関連の賞の授賞式で登壇も行なった

環境にモヤモヤを感じ始めていたある時、知人から紹介されたのが土屋鞄でした。そこで三木は、これまで経験してきたことがようやく一本に繋がったような感覚を得ました。

三木 「最初に勤めた会社のウエディング事業では、結婚式まではお手伝いできても、そこから先のライフステージや、それ以前のことに対して何もできないことを複雑に感じていました。 
一方土屋鞄では、お子さまが6年間背負うランドセルを購入するのに、親御さまだけでなく、祖父母の方も一緒にランドセル選びを楽しんでいる。これまで自分が価値提供できていなかった年代の方たちに、価値を提供できるのではないかと、ふと思ったんです」 

これまで携わってきたウエディングと同様、ランドセルもお客さまが大切な人を想いながら手にするもの。人を大切にして働いてきた三木だからこそ、人の特別なライフステージに直接関われる手触り感のある仕事が、自身に合っていると感じました。 

また、会社として整いきっていないところにも、自身が貢献できる余地があると考えたのです。 

三木 「土屋鞄のランドセルや鞄は本当に素晴らしい。ただ、会社の内部はまだ整っていない印象を受けました。社員の採用についても特に決まりがあるわけではなく、土屋鞄のことを好きな人がいつの間にか集まってきてくれるという特殊なスタイル。
とてもおもしろいですが、このままだと成長が止まってしまうのではないかと感じたんです。これからも素晴らしい製品をお客さまに届け続けるためには、会社の内部を整える必要がある。そこで長く人事に携わってきた自分の経験が発揮できるんじゃないかと思ったんです」 

さらに土屋鞄は日本国内にものづくりの魅力を伝え続けるだけでなく、今後はグローバルに展開して世界中にブランドを広めようと考えています。その展望に惹かれ、自身が貢献できると考えた三木は、2019年に土屋鞄へ入社しました。

業界全体の変革を目指しながら、日本の“KABAN”を世界中に届けたい

▲働き手の思いを正しくお客様に伝えていくため、職人やスタッフとの面談を日々重ねている

人事管掌執行役員としてあらゆる業務を並行して行なっている三木は、土屋鞄という組織だけでなく、業界全体の構造変革をしたいと考えています。それは、日本のものづくりに携わる職人たちが、厳しい待遇や環境で働いている現状がまだまだあるからです。

三木 「日本では、若い人たちが素敵なものをつくりたいと思っても、それが叶わないような厳しい労働環境がある。この先も継続的に素敵なものを提供したいと考えても、職人たちが育たなければ難しいですよね。 
だから僕はまず、給料の水準を上げたりお休みを取りやすくしたり、労働環境の改善をしようと思いました。土屋鞄が率先して取り組んでいくことで、業界全体の構造を変え、職人としてものづくりに携わる多くの人々が報われるようにしたいと考えています」 

三木が感じる土屋鞄の魅力は、職人の想いがお客さまに届きやすく、鞄を通してストーリーを提供できること。その魅力をもっと発信するためにも、会社の人事力強化は必須です。 

三木 「近年製造小売でD2Cの考え方が広がっていますが、土屋鞄はもともと職人の会社です。そこから自分たちのつくったものを自らお客さまのもとへ届けようとしてきました。だからこそ、鞄に向き合う職人の想いがお客様に届き、良いものをつくっているからお客さまも満足するというストーリーが生まれる。 
売上よりも目の前のお客さまの笑顔が大事だと言い切れるくらい、愚直に“つくって届ける”ことを続けてきた土屋鞄だからこそ、製品とともにストーリーを提供できるのだと思います」 

お客さまに笑顔を届けるためには、職人の労働環境改善に加えて、あらゆる職種にかかわる従業員の想いや労働状況を把握し、改善していくことが必須です。そこで三木は人事に携わってきた経験を活かし、会社の内部を整えています。 

三木 「働き手の想いを正しくお客さまに伝えるためにも、会社の雰囲気と働き方は連動させないといけない。まずはミッション・ビジョン・バリューを明確にして、組織診断をしたうえで採用や育成の計画、評価の仕組みなどを整えていきたいと考えています。 
職人や従業員、そしてお客さまという“人”をつないで1本の線にしていくのが、自分の役割だと思っています」 

今後は日本国内にとどまらず、グローバルに展開する方針を掲げている土屋鞄。日本の“鞄”を世界の“KABAN”にしていくために、今日も三木は土屋鞄の成長に貢献します。